自己紹介

じゅんの自己紹介

 

ライフスタイル

大阪の住宅地で家族4人で暮らしている。42歳で結婚10年目、同い年の妻と8歳と3歳の娘がいる。夫婦関係は良好。一時は自身のうつ病で、妻に相当心配をかけた。

Twitter運用コンサルタントとして働く今は朝は8時過ぎに起きる。自分の裁量で仕事をしているので、目覚し時計をセットする必要はない。

朝起きたら、Twitterで挨拶回り、コンサル生に指示だしを行い、日課の散歩に出る。

散歩中には音楽を聴きながら気が向けば写真を撮る。

 

撮った写真はTwitter・Instagram・Facebookにアップ。

 

午後からは、クライアントのブランディング相談とコンサル生とのやり取りを行う。

雑務をすましてお昼ご飯を食べたらお昼寝タイム。

夕方軽く仕事をして夕飯。

夜の20時頃からまたTwitter活動が活発になるので仲良しさんとの交流や、コンサル生の仕事のクオリティチェックを行う。

1日中仕事をしているようだが、全部遊んでるみたいに働いてる。自分の得意と好きを活かす事でクライアントに喜んでもらうのは最高の喜びだと思う。

 

自分の人生でもっとも悲しい出来事

 

 

仲の良い両親の姿を見ながら、3歳上の兄とともに平和な少年時代を過ごす。

1998年21歳の冬、母は更年期障害からうつ病になり、苦しみのあまり自らの命を絶つ。その9日後に悲しみのあまり父は後をおって自死。母49歳、父51歳だった。

その頃の記憶はあまり無いが、どうしようもない哀しみの中、目の前を写真に収めた。哀しみに抗いたかった。

その後6年ほどはアルバイトをしながら写真の専門学校で学んだ。両親の自死を作品として昇華したかったが当時の自分では叶わず断念。

 

ビジネス .1

 

 

27歳で入社した家業の運送会社では、40歳までの13年間働いて、それなりに苦労をした。人事総務、労働組合との交渉などを担当していたが、自分の能力を生かした仕事をしている実感がなかった。自分がいなくても会社は何も困らない。

自分の力で稼いで生きる事に憧れて、40歳で当時年収1000万円以上あった家業を退職。カメラマンとして得意と好きを武器に、成り上がる事を夢みて活動する。

 

ビジネス .2 〜健 康〜

 

 

10年ほど取り組んで結果が出ていた写真家としての仕事。それなりに名の通った賞を貰って、イタリアの出版社が写真集を出してくれた。パリ、アムステルダム、東京での写真展にも招待された。

これを実績として写真を仕事にしようと思考錯誤したが、うまくいかない。

一家の大黒柱としてのプレッシャーを感じて焦るも、自分に出来る仕事がない。。

暑い夏の日、家でPCに向かって仕事を探していると。。。

 

ぷっつーん。

 

と頭の線が切れる様な感覚があり、気づいた時には大声で叫んでいた。

 

混乱と苦悩の日々を一月ほど過ごす。

妻に病院へ行く事を勧められてメンタルクリニックへ行くと、うつ病の診断だった。

苦しいが、自分が働かなくては家族が路頭に迷うことになる。うつ病で混乱する心と重たい体をごまかしてハローワークで仕事を探した。

知り合いの伝手で映像制作会社に就職するも、絵に描いたようなブラック企業。うつ病の影響もあって頭と体が動かない。まったく仕事にならず半年で退職。

2019年3月。うつ病無職42歳家族持ちの、どうしようも無いおっさんが誕生する。

 

ビジネス .3 〜Twitter0→1マネタイズ〜

 

 

2019年4月。うつ病の情報を集めるために絶望的な気分で始めたTwitter。

ここで偶然出会った仲間たちは『Twitterで影響力をつけてマネタイズする』事を目的に日々Twitterに取り組んでいた。

20人ほどのDMグループではみんながそれぞれに、自分の得意や好きを使って、インフルエンサーになってお金を稼ぐことを夢見て日々のツイートを試行錯誤していた。

自分はうつ病無職42歳のどうしようも無いおっさん。サロンではみんな自分の得意や好きを生かしてキラキラしている。

うつ病で自尊心が壊れた自分には得意も好きもなかった。そんな時、サロンのリーダーに声をかけてもらう。

 

「じゅんは、俺がやってるプロフ添削をやったらええねん。教えたるわ」

 

この日から、リーダーのそばについてお客さんのプロフ添削をする日々が始まった。

そして2ヶ月目に独立してマネタイズに挑戦。初めての報酬は300円だった。うつ病無職の能無し野郎だと思っていた自分が、お客さんに喜んでもらってお金を稼ぐ事が出来た。涙が出るほど嬉しかった。

お客さんに喜んでもらえるサービスを追求して徐々に評判が上がり、初月で47000円のマネタイズに成功した。

お客さんからの感謝を浴びて、うつ病は徐々に回復していった。

収益化から半年が過ぎ、総収益は50万円を達成。現在の目標は高単価の商品を販売して売上アップをはかること。

 

5月  47000円
6月  63000円
7月 63000円
8月 50850円
9月 169500円
10月23日 121750円
合計 515100円

 

まだまだ収益は小さいが、自分の好きと得意を最大限に生かしてお客さんに喜んでもらっている。毎日楽しい。この調子でビジネスを成長させていきたい。

 

 

経 歴

 

1977年 大阪生まれ。仲の良い両親と3歳上の兄と恵まれた少年時代を過ごす。

1998年 21歳で両親を相次いで自死で亡くす。母はうつ病に苦しみ自らの命を絶ち、その9日後に父は後を追って自死。

2002年 23歳で写真専門学校に入る。両親の自死の作品化に取り組むも挫折。

2006年 27歳で家業の運送会社に入社。人事総務の仕事を担当する。

2009年 31歳で結婚。翌年長女が生まれる。家業の運送会社に勤務しながら写真家を志す。

2015年 37歳 写真展でNikonから※写真賞 第15回三木淳賞を受賞。

2017年 40歳 両親の自死をテーマとした※写真集「Picture of my life」をイタリアの出版社から刊行。年収1000万円以上あった家業の運送会社を退職してフリーランスのカメラマンとして独立。

2018年 41歳うつ病発症。自分責め地獄。

2019年 42歳うつ病無職の状態でTwitterを始めて精神疾患の情報を集める。

Twitterで出会った仲間の影響でTwitterプロフィールの添削を始める。これをマネタイズしてTwitter運用コンサルタントとして活動中。

 

写真賞 第15回三木淳賞

https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/salon/awards/miki/winners/archives/miki_15.html

写真集「Picture of my life」

https://www.ceibaeditions.com/junpei-ueda-pictureofmylife-ceiba-edition/

写真家 上田順平WEB

http://www.junpei-u-photo.com/

上田順平 作品店

http://https://junpei5685.thebase.in/items/7902100