自己紹介

プロフィール

 

こんにちは、ジュンです。

 

私のブログに遊びに来てくれて、
ありがとうございます。

普段はSNSブランディングのコンサルタント
&フォトグラファーとして働いています。

そして、大人の自己実現コミュニティ
『あかつきラウンジ』を運営しています。

今回の記事では私の自己紹介を
させて下さい。

現在のライフスタイル

 

私は1977年1月に生まれました。

生まれも育ちも大阪で
絵に描いたような関西人。

43歳の結婚11年目で
同い年の妻と9歳と4歳の娘がいます。

普段は朝7時頃に起きて日々の仕事は

自宅で午前中の3~4時間で
集中して終わらせます。

 

 

自分の裁量で仕事をしているので

目覚し時計をセットする必要がないことに
毎日幸せを感じています。

午後からはクライアントさんと
ミーティングをすることもありますが
だいたいは自由時間です。

自由時間はおもに作品制作をしています。

近所に散歩に出て音楽を聴きながら
写真を撮ったりアトリエで絵を描いたり。

 

 

作品はSNSでも発信するので
一石二鳥なんです。

そして、
私の夢の1つは写真家として
世界で活躍することです。

オッサンが何を言うとんねん
と言われるかもしれませんが(笑)

この経緯については後ほど
詳しくお話しますね。

 

 

そして

気が向けば家族で旅行に行ったり

SNSで知り合った起業家の仲間たちと会って
ワイワイ盛り上がったりしています。

こんな感じで家族4人が笑顔で暮らせる
位の収入を得て
マイペース&ストレスフリー
に暮らしてます。

 

 

スマホとPCがあればできる仕事なので
場所と時間に縛られないし

好きな人としか仕事をしないので
ストレスは全くありません。

ストレスフリー。

素晴らしいですよね。

 

 

30代の頃の仕事のストレスMAX状態で
先行きに不安を感じていた私が聞いたら
めっちゃ羨ましがると思います。

そして今ではこうしたライフスタイル
を楽しむだけではなく、

過去の私のように
『理想のライフスタイルを実現させたい ! 』
と行動する仲間たちにも

SNSブランディングの方法を教えて
自己実現に導く活動もしています。

では、
なぜ私がこのようなライフスタイル
を送れるようになったのか?

その理由をお話しますね。

 

 

私には自分のビジネスについて決めている
3つのルールあります。

 

  • 好きな人とだけ仕事をする
  • 苦手な事や物には近づかない
  • 自分の得意と好きにエネルギーを集中する

 

これらを徹底することで
ストレスフリーな生き方をしています。

そして、
このスタイルに行き着いたのには理由があります。

40歳のころ慣れない仕事のプレッシャーから
うつ病を発症して働けなくなり無職になったんです。

この状況で先ほどの3つのルールを
クリアできる働き方を
模索し続けるうちに
出会ったのが、SNSでした。

 

 

そうして今ではSNSを活用して
『自分の得意と好きを生かして稼ぐ』
仕組みを構築しました。

スマホとPCがあれば完結するので
いつでもどこでも出来る上に、

一度ブランドと仕組みを作ってしまえば
日々の仕事はそんなに手のかかるものでは
ありません。

SNSでの交流と発信を楽しみながら
ブランディングしていけば

あなた自身とあなたのビジネスに興味を
持ってくれた
お客さんが自然と集まって
来てくれます。

だから、
お金だけではなく
好きな人とだけ仕事をして、
時間も心も自由になっていく。

そんなマイペース&ストレスフリーな
生き方が出来るんです。

 

「あかつきラウンジ」では
SNSをどう使えばブランディング
できるのか?

という仕組みの作り方
についてもお伝えしていくので
楽しみにしておいてくださいね!

私はこんなSNSブランディングの
方法を手に入れることが出来たので

普段は私自身の理想のライフスタイルを
満喫しつつ
家族や仲間との時間
しっかり楽しんでいます。

 

 

しかし、
ここに到るまでには、
人生のドン底を味わって死にかけました。

というのも先ほども少し話しましたが
私は40歳で恵まれた環境を捨てて

自分の得意と好きをビジネスに活かす
生き方に
挑戦したのですが、


上手くいかず
苦悩の末に
うつ病になって挫折したのです。

しかし、
これからお話しする私の経験によって
SNSを使って自分の得意と好きをビジネス
に生かす

『SNSブランディング』の方法
を編み出してビジネスを成長させています。

 

 

これは何も私だから出来たこと
ではありません。

私が教える『SNSブランディング』
を実践すれば、
誰でも理想のライフ スタイルを実現できます。

私のように苦労する必要は無いのです。

私が教えているコンサル生さんで言うと

 

 

全くのビジネス初心者だった会社員の「かえでサン」は

副業でイラストレーターとして活動
しています。

彼は私のTwitter運用noteを読んで
Twitterで0→1収益化を達成させて

私のコンサルを受けるようになり
2ヶ月目に19万円の収益を上げました。

 

私のコンサルを受ける前からすでに
自分のビジネスで実績を出している方も
います。

 

 

ブログ収益化のコンサルタントとして活動している「はっせーサン」です。

 

彼は半年前から私のコンサルを受けるようになって、Twitterで狙ってバズツイートを作れるようになりました。

その結果、2020年9月現在で、

フォロワー数は3526名増
 の7000名(相互フォローなし)

教材の売上が毎月9万円から
 18万円に倍増

有料オンラインサロンをオープンして、
3ヶ月で30名が参加

LINE公式アカウントの登録者リストは、
 900名→1900名

高価格商品のブログ収益化コンサルティング販売も好調

 

という結果を出しているんですよ。

これからこのコミュニティを通じて
あたなにもSNSで人生を好転させる
きっかけを手に入れてもらいます。

楽しみにしておいて下さいね。

ここからは、
私がSNSブランディングに辿り着くまでの
山あり谷ありの人生についてお話させて下
さい。

 

挫折した20代

 

私は20代の頃、5年間ほど某テレビ局の
報道映像部でカメラアシスタントとして
働いていました。

その時の経験で一番印象に残っているのが、

『写真家 立木義浩が
震災後の神戸を撮る』

というドキュメンタリー番組を
担当した時のこと。

 

その時に見た、
写真家 立木さんが神戸の震災被災者の方
たちを撮影して写真に表現していく
カッコいい姿や、

下っ端の私にも気さくに話しかけてくれる
立木さんの優しさを目の当たりにして、

 

「自分もこんな風になりたい !」

 

と写真家・フォトグラファーとしての生き方
に憧れを持つようになったんです。

それからすぐに
写真の夜間専門学校に通い、

6年間ほど写真家・フォトグラファーとして
生計を立てることを目指して活動しました。

 

 

そこで自分の作品を作る楽しさや、
産みの苦しみ、

それを乗り越えた時の充実感を
知ったんです。

 

しかし、

フォトグラファーとして生きていくのは
写真に関する技術やセンスだけでなく
ビジネスのスキルも必要でした。


当時の私には自分のスキルを売っていく
ビジネススキルが全くなくて

フォトグラファーとしての稼ぎだけでは
ご飯が食べれなかったんです。

そしてフォトグラファーとして生きていく
ことに希望を感じられなくなりました。

 

そんな経緯で、この道は諦めて27歳から
兄が社長を務める家業の運送会社で働き
はじめました。

 

家業ボンボン役員時代

 

会社は駅売店に新聞を納品するのが
主な仕事で
社員はアルバイトを含めて
65名の中小企業です。

社長の弟としていきなり目立つ立場での
社会人デビューでした。

1日の勤務時間は15時間ほどで
昼夜逆転するハードワークには
なかなか慣れる事が出来ずに大変でした。

入社から5年ほどは深夜の配送業務を
担当しており
目立つ新人としての
スタートと長時間労働、昼夜逆転に
よる疲労で、ストレスは最高潮。

目の下はクマだらけになり、
ひどい顔をしていました。

 

 

のちに人事労務や給与計算などの仕事を
するようになり、
労働組合との窓口を担当
してみんなの不平不満を聞いたり。。

これまで経験したことのなかったストレス
を感じていましたが、
これが大人になる
ことなんだと思って我慢して働いていました。

そして気がつけば私は幼い頃に見たく
なかった
毎日仕事で疲れ切ってイライラ
怒っている父のようになっていたんです。

 

「ああ、俺は自分がなりたくなかった
大人になっているのか…。
でも、 しょうがないな…。」

 

「これが大人になると言うことだ…。」

 

と諦めていました。

そんな私にも転機が訪れます。

 

結婚と娘の誕生

 

30歳のとき、
知人の紹介で妻と知り合いました。

控えめだけどしっかりと自分の意思
をもった美しい女性でおおらかで、
細かいことを気にしない所が母に似て
いるかもしれません。

新しい家族をつくれば
何かが変わるような気がしていました。

彼女も私のことを気に入ってくれて
2010年に私たちは結婚しました。

そして翌年の春、
妻は妊娠したんです。

 

 

大きくなっていく妻のお腹を見ていると
それまで忘れていた写真を撮りたくなり

デジタルカメラを新調して、
妻の姿を撮影するようになりました。

そして 、
妻の出産シーンを撮りたいと
強く思うようになったんです。

なぜこんなに
出産シーンを撮影したいのか?

この時にはハッキリとした理由が
わかりませんでしたが、20代の頃に
志した写真家としての表現欲求が蘇って
きました。

長女の誕生と両親のこと

 

2010年11月。

目の前を残したい一心で妻の出産に
立ち会い、新しい命の誕生を写真に
収めました。

私は娘の誕生を撮った写真を見ることで
今は亡き両親と会話するような感覚を
持つようになったのです。

この時に自分が写真家を志していた
理由をハッキリと自覚しました。

社会人になってからは
思い出さないように生活していた
のですが

私は21歳の頃に両親と死別しているんです。

 

 

1998年の冬。

母は更年期障害からくる
うつ病に苦しみ自らの命を絶ち

その9日後に父は妻の後を
おったのです。

 

「両親の相次ぐ自死と、
新しい家族の誕生を含む自分の人生
を物語としてまとめたい。」

 

「私にとっての欠落と充足の出来事
1つの塊として見たい。」

 

 

それからは仕事の合間を縫って
作品制作を再開しました。

もう一度、
写真家の道を志すことに決めたんです。

2013年の秋。
私は35歳のときに写真家としての
力を試す挑戦をしました。

(株)ニコンのコンペに応募して
初めての写真展を行ったのです。

 

 

当時の全力を出し切った展示が
できたと思います。

会場に並んだ作品は21歳の私が
思い描いた作品でした。

知らない人が私の写真を見て涙する
こともあったんです。

 

「伝わっている…。」

 

私の写真を見た人が自分の体験と
リンクさせて見てくれています。

この写真展で初めて作家としての評価
を受けて、2014年に(株)ニコンから若手
の年度賞である三木淳賞を受賞しました。

授賞の電話を受けたとき、生まれて
初めて世の中から褒めて貰えたように
感じて、すごく嬉しかったです。

 

 

家族が私を作家にしてくれたんだ
と思います。受賞後はこれまで以上に
写真にのめりこんでいきました。

 

「作家を生業として生きていきたい。」

 

この授賞をキッカケに自分にしか
出来ない仕事をして生きていきたい
と思うようになりました。

 

「でも、、そんなの無理だよな。。。」

 

「いや、大丈夫。
まずは次の課題である写真集出版に
挑戦しよう」

 

家業の合間を見つけては
作品を編み上げる作業を自分のために
続けました。

この作品を本にして、
たくさんの人に見てもらいたい。

 

 

しかし次の目標である
「写真集の出版」はなかなか
手こずりました。

写真賞をもらったことを武器にして、
いろんな出版社とコンタクトをとって
見て貰うも、出版につなげることは
出来ませんでした。

 

悶々としていたある日、Facebookを
見いていると写真作品のコンサルタント
をしている人の存在を知ります。

その人の指導によって素晴らしい作品を
作って、出版を達成した作家が何人か
紹介されていたのです。

 

それを見た私は、

 

「独学じゃダメだ。
時間ばかり過ぎてしまう。」

 

と思ったのですぐにその人に会いに
行ってコンサルをお願いしました。

きちんと指導してくれる人にお金を
払って一緒に写真集の原型を作ったのです。

 

夢の実現

 

そして、
2017年にはイタリアの出版社から
写真集を出版して

日本の新進作家としてアムステルダム、
パリ、東京での展覧会に招待して
もらって参加したんです。

この時にはPanasonicさんがスポンサー
になってくれて、

とても充実した展示が出来て
多くの方々に好評を頂きました。

自分が生きてきて一番辛かった事と
それを乗り越えた事をさらけ出して
写真集として発表したら、

世界中の人々が共感して評価してくれたのです。

 

 

まさしく人生の絶頂でした。

1人で作品作りをしていたら
到底たどり着けなかったであろう
場所にたどり着けたのです。

私はこの写真家としての活動を通じて
ブランディングの本質を学びました。

ブランディングの本質とは唯一無二
の存在になる事です。

私は相次ぐ両親の自死と、それを
乗り越えて新しい家族を築いた
物語を作品として発表する事で、

作家として唯一無二の存在になったのです。

 

 

この学びが後にSNSで
自己ブランディングをする時に生きています。

そして写真家としての評価を得た私は
39歳にして大きな決断をします。

当時年収1000万円超で経費使い放題
だった家業の運送会社を退職して、
写真家として生きていく決心をしたんです。

 

「家業なんだから、創作活動に当てる
時間の自由は効くんじゃないの?」

 

「おまえが作家として評価を得たのは、
家業で金銭的に恵まれた環境があったから。特別な才能はない。」

 

こう言って妻や身内からは大反対されました。

しかし、
私には自分の人生でどうしても達成した
いことが3つあったんです。

 

  • 自分にしか出来ない事に挑戦したい
  • 子供に楽しそうに生きる父親の姿を見せたい
  • 自力で稼ぐ力を身につけてその方法を子供に渡したい

 

家業の運送会社で働いている限り
これらを達成するのは難しいと判断しました。

自分にしか出来ない事というのは、
写真家としての活動です。

そして、
写真家として自立して楽しそうに働く姿を子供に見せることで、子供に自分の将来に希望を持って欲しかったのです。

 

40歳で理想のライフスタイルに挑戦

 

2017年末。

11年勤めた家業の運送会社を退職した
私はまずはフォトグラファーとして生計
を立てようと行動しました。

知人の作家たちの多くは
フォトグラファーとして広告や雑誌用
の写真や映像を制作して生計を立てていました。

しかし、
知人のつてを使って広告代理店や雑誌社
の方に私の作品を見てもらいましたが、
なかなか仕事には結びつきません。

友人が好意で回してくれた映像制作の
仕事をなんとかこなして、好評をもらい
ましたが仕事は続きませんでした。

作家として結果を出した自分ならビジネスの写真映像制作もできるだろうと、簡単に考えていた私はここで大苦戦したんです。

40歳の私は20代の頃に越えられなかった同じ壁に、またぶち当たったのです。

 

 

自分のクリエイティブのスキルをビジネスに生かすことがなかなか出来ませんでした。

写真家として自己ブランディングが
出来たように、ビジネスでもフォトグラファーとしてブランディングするには、どうすれば良いか?

考えても考えても、全く分かりませんでした。

今思うと、
私は写真にこだわり過ぎていたのだと分かります。

私の武器は写真だけでは無いのです。

しかし、
その時は視野が狭くなっていて
わかりませんでした。

 

人生のドン底

 

一家の大黒柱としてのプレッシャーを感じて焦るも、自分に出来る仕事はなかなかない。。。

その上、
営業用のサンプル集を作る気力が湧いて来ないんです。

私は自分のこの気持ちにびっくりしました。

 

「俺は自分のクリエイティブの能力で生きていくと決めて、家族の反対を押し切ってまで安泰な身分を捨てたのに何でサンプルが作れないんだ!」

 

「もしかして、自分はとんでもない選択ミスをしたのもしれない.. 。」

 

「俺は能無しの最低野郎だ!」

 

と、自分を責め始めたんです。

 

 

そんな2018年7月の暑い夏の日
自宅でPCに向かって仕事を探しているとき・・・

 

ぷっつーん。

 

と頭の線が切れる様な感覚があり
気づいた時には大声で叫んでいました。

混乱と苦悩で何も出来ない日々を1ヶ月ほど過ごし、妻に病院へ行くことを勧められてメンタルクリニックへ行くと、

うつ病の診断でした。

 

まさか自分がうつ病になるなんて..。

 

写真家としてちょっと成功した位で、
恵まれた環境を捨てた自分を憎みました。

 

そして、
うつ病無職42歳家族持ちの、どうしようも無いおっさんが誕生したんです。

 

うつ病無職42歳のおっさん

 

2019年4月。

うつ病で何も出来ない私は、病気の情報を集めるために絶望的な気分でTwitterを始めました。

当初は同じ精神疾患を持つ方の発信を探して、

 

  • 自分と同じような症状の人はいるか?
  • うつ病の症状は一生続くのか?回復するのか?
  • うつ病から立ち直って活躍している人はいるか?

 

などを調べていました。

どうにか自宅でマイペース仕事が出来ないかを探るために、WEBビジネスの情報を集めだしたのもこの頃です。

この頃の私は、うつ病の症状が酷くて外に出て働く事はもう2度と出来ないと思っていました。

家族と暮らしていくために、なんとかWEBで稼げるようになる必要があったのです。

 

  • WEBライター
  • ブログアフィリエト
  • ブログの広告収入

 

これらの職業を知って、自分もこんな稼ぎ方が出来ないかと情報収集をしていました。

 

そんなある日。

Twitterで楽しそうに遊ぶように発信している人のツイートに目が止まったので思い切ってコメントで話しかけてみました。

その人は、
「勉強って何のためにすると思う?」

と語りかけるような動画を添付してツイートしていたのです。




 

とコメントして会話のやりとりをしたんです。

これがきっかけになって、
その人とその仲間たちのグループに入れてもらうことになりました。

Twitterで偶然出会ったそのグループの20人ほどの仲間たちは、

『Twitterで影響力をつけてマネタイズすること』

を目的に日々Twitterに取り組んでいました。

TwitterのDMグループチャットでは、みんながそれぞれに自分の得意や好きを使って、

Twitterでインフルエンサーになってお金を稼ぐために、日々のツイートを試行錯誤していたんです。

 

しかし自分はというと、
うつ病無職42歳のどうしようも無いオッサン。

みんなが発信の意見交換などで切磋琢磨している様子が、キラキラと輝いて見えました。

 

うつ病で自尊心が壊れた自分には得意も好きもなく。。

自分のクリエイティブな能力のことなどすっかり忘れていました。

うつ病の症状で自信を持てず、なかなか言葉が出てこなかったので、チャットでのみんなの会話についていくことも出来ません。

 

 

そんな時、サロンのリーダーが声をかけてくれたんです。

 

「ジュンはなんか得意なことあんの?
好きなこととか武器はなに?」

 

「私には武器はないです。
うつ病で頭が動かなくて何も出来ません。それに、毎日自分を責めてばかりで..。」

 

「そうなんや。
じゃあ..。 ジュンは、俺がやってる
Twitterのプロフィール添削をやったらええねん。うつ病のリハビリになるで。俺が教えたるわ。」

「えっ! いいんですか? やってみたいです! よっ、よろしくお願いします!」

 

この日から、リーダーの助手としてTwitterで集客したお客さんの、無料プロフ添削をする日々が始まりました。

そして2ヶ月目に独立してマネタイズに挑戦したんです。

 

初めての報酬は300円でした。

 

うつ病無職の能無し野郎だと思っていた自分が、お客さんに喜んでもらってお金を稼げたことが涙が出るほど嬉しく感激しました。

 

これがきっかけになって、私は自分のクリエイティブな能力を思い出したんです。

 

 

しかも驚いたことに

『自分のスキルを提供して、お客さんの悩みを解決する。』

 

と言うビジネスの基本を取得して、お客さんに喜んで貰える事に私自身も喜びを感じていたんです。

 

それからは他にないサービスを追求して徐々に評判が上がり、初月で47000円のマネタイズに成功しました。

 

そうしてお客さんからの感謝のシャワーを浴びて、うつ病も徐々に回復していきました。

 

収益化から6ヶ月が過ぎ、総収益は50万円を達成しました。

それ以降も

初月47000円 3ヶ月目63000円

5ヶ月目169000円 8ヶ月目23万円

とこんな風に順調に、収益を伸ばしていったんです!

 

 

 

なぜ私がこのビジネスを伸ばす事が出来たのか?

その理由はSNSを上手く活用したことです。

次に、私がさらにビジネスを成長させるために行なった、挑戦についてお話ししますね。

 

おっさんの再挑戦

2019年11月。

Twitter開始から8ヶ月で総収益が約70万円を超えました。

 

このビジネスは自分に向いているし
お客さんの悩みを解決してもっと
ビジネスを大きくしていきたい!

 

そう考えていた私は、
Twitter運用noteを発売することを決めました。

 

noteとは2019年9月時点で、
月間利用者数が2000万人を突破した
今もっとも勢いのある文章系のプラットフォームです。

誰でも無料で始めることができるブログの簡易版で、最大の特徴は記事に値段(0円~5万円)をつけて販売することが出来るんです。

 

 

しかもnoteはノウハウ系の内容が、
売れる傾向にあります。

評判の良いnoteの執筆者は
Twitterでブランディングができて

その後にTwitterでの影響力が
上がる傾向にあったのです。

 

中にはTwitter運用noteの販売で数百万円を稼ぐ猛者もいました。

フォロワーを増やすためのTwitter運用方法を書いたnoteはこの時点でもたくさん出ていましたが、私にしか書けないことがあると思っていました。

私がTwitter収益化で取り組んだ方法を物語仕立てで書けば売れると判断して、1ヶ月かけて執筆しました。

 

そしてなんと、
発売1ヶ月で400冊を購入して頂いたんです。

私のノウハウが一般化されて、たくさんの人々が喜んでくれています。

発売開始のツイートをした途端に次々に販売通知メールが届いて、初日に100冊ほどの購入してもらった時の嬉しさは忘れられません。

 

 

ビジネスは人の悩みを解決することです。

私は一つのコンテンツを作っただけで、あとは半自動的にコンテンツが何百人もの
お客さんに価値提供を行なってお金を稼いでくれます。

 

このnoteを読んで私のTwitter運用コンサルティングを買ってくれる人もたくさん出てきました。

自分が寝ている間にも商品が売れていく、
『Twitter × noteの集客力』
に衝撃を受けました。

noteの売上で50万円ほど稼げたことはもちろん嬉しいのですが、見込んでいた以上のブランディング効果があったんです。

 

  • 全国的な雑誌でSNS運用コンサルタントとしての活動を紹介してもらったり
  • 東京の有名な出版社からセミナー開催のオファーを頂いたり
  • コンサルティングの販売が伸びたりと順調に私のブランドが成長しています。

 

これが、
私が『SNSブランディング』
を編み出した経緯です。

 

私は人生で大きな挑戦をして失敗して、それを乗り越えて来ました。

 

この経験で学んだことがあります。

それは、

・・・・・・・・・・・

SNSを使えば欲しいものが手に入る

 

SNSを使えば欲しいものが手に入る

(お金・人脈・影響力など)

という事です。

現代は個人が最も輝ける時代です。

 

10年ほど前から一般的になったSNSですが、今や利用していない人の方が珍しい状況になっていますよね。

 

情報収集や、リアルの友人知人との近況報告などの交流目的で利用されている方が大半ですが

SNSを現実の人間関係の延長だけで使うのは、その可能性を利用できているとは言えません。

 

今はSNSで自己ブランディングをすることで、個人の名前で生きていける時代なんです。

 

私のようにSNS経由でビジネスの集客をしている方は沢山います。

そして時代の変化は、コロナ感染症の影響でますます加速していて

SNSが個人の名刺がわりになる場面が以前にもまして増えています。

 

現実の場で出会う前後に、

 

  • 普段使う言葉
  • ライフスタイル
  • 趣味趣向や考えていること
  • どんな人とどのように交流しているか?

 

をSNSで見られているんです。

このことからSNSはWEB上で人となりを表現できる最強の名刺であると言えます。

しかも、WEB上で人脈を広げることだってできるんです。

これを知った上で、理想のライフスタイルを実現するためには自分の中に、

 

  • 何ができるのか?
  • 時間を忘れて夢中になれる事は何か?
  • 人より詳しいこと簡単にできてしまうことは何か?
  • 次に取得すると自分が今より活躍できるスキルは何か?

 

を徹底的に追求してSNSで自己ブランディングをすることが大切なんです。

私はこれをする事で大きな壁を乗り越えて、理想のライフスタイルを実現できたのです。

このように、SNSはあなたの人生を好転させる力を持っています。

 

 

とは言え、じゃあ具体的にどうすれば良いのか分からないですよね。

そんなあなたのために作ったのが 『あかつきラウンジ』なんです。

 

コミュニティ名の由来は

暁(あかつき):夜明け、ある事柄が実現したとき

ラウンンジ:仲間が気軽に集まれる場所
の2つの単語を合わせて

『あかつきラウンジ』 と名付けました。

 

『あかつきラウンジ』 は理想のライフスタイルを実現するための大人のコミュニティです。

あなたにとっての理想のライフスタイルとはどんなものでしょうか?

 

  • お金や時間の自由
  • 心身共に健康な状態
  • やりがいのある仕事
  • 価値観を共有できる仲間や家族
  • 自分にしかできないことへの挑戦

私にとってはこれが理想のライフスタイルです。

私は20代~30代でお金のために我慢して働くという心身ともに消耗するライフスタイルで生きていました。

 

そして我が子に
「大人になったらこんなに楽しいよ」

と言えない自分に気づいて情けなくなったんです。

 

このコミュニティではあなたがSNSで理想のライフスタイルを実現するキッカケを提供します。

 

私は家業の役員で年収1000万円超で経費使い放題という恵まれたポジションを捨てて

周りからバカにされながらフリーランス フォトグラファーになりました。

しかし全く通用せずに心がポッキリと折れてうつ病を発症したんです。

 

これは先ほどもお話ししたように、

自分の
『得意と好きをビジネスに生かす方法』
を分かっていなかったからです。

 

しかし、
私の写真家としての活動と、うつ病無職42歳で始めたTwitterでの経験から編み出した

『SNSブランディング』がこれを解決してくれました。

 

 

 

今ではSNSを使ったビジネスについて学んだことで、SNSブランディング コンサルタントとして活動して、写真家としての活動も軌道に乗り始めています。

 

私の場合はここまで来るのにとても時間がかかり、家族に心配をかけました。

 

しかし、
あなたには私のような遠回りをして欲しくありません。

 

私はあかつきラウンジの仲間に
「ワクワクしながらお金を稼いで生きていく方法」
を伝えたいのです。

 

私が受けた日本の教育はとにかく『ビジネスの教育』がありませんでした。

これは本当におかしいと思います。

日本の教育は餌の取り方を教えない。

そんなの動物として間違っていますよね。


「君たちの未来はバラ色」

 

「努力次第で何にだってなれる」


とか何とか行って、暗記式のくだらないテストで劣等感を植え込み

自分は大したことのない人間だと思い込ませた上で夢のハシゴを外す。

 

これが私の受けた義務教育です。

私は
『ワクワクしながら自力で稼いで生きていく方法』

を実践する姿を発信してその秘訣をコンテンツとしてまとめ上げています。

そして、今の私の目標は昔の自分のようにビジネスの壁にぶち当たって、もがいている方を1人でも多く理想のライフスタイルへ導くことです。

 

あかつきラウンジのこと

そんな方のために作ったのが
大人の自己実現のためのコミュニティ
『あかつきラウンジ』です。

このコミュニティに参加してくださったあなたには、ぜひ自己実現のきっかけを掴んで頂きたいのです。

 

その最初の第一歩となる教材として
「Twitterブランディングの教科書」
をプレゼントしています。

この教材は私が2019年12月に発売して、約500冊を購入して頂いて大好評をえたTwitter運用noteをさらに進化させたものです。

 

(下部に登録フォームを用意していますので、このまま読み進めてください。)

 

先ほども紹介しましたが、このTwitter運用noteを読み込んで書いてあることを実践して起業を行い、実際にTwitter経由で数十万円稼げるようになった方もいるんです。

 

この教材にはこれまで私が培った
『Twitter × note』を生かした自己ブランディングによって

 

あなたのビジネスの売上を最大化させる方法を詰め込んでいます。

制作期間は1年。
レクチャー動画が盛り沢山の強力な教材です。

 

しかもこの教材は日々進化させています。

この教材で学んで実践してください。

 

あなたの人生を好転させるのは、いつだってあなたの行動だけなんです。

 

 

あかつきラウンジでは、義務教育で習うような何の役に立つのか分からない暗記式のお勉強ではなく、

「幸せに生きる方法」としての、SNSブランディングを伝えていきます。

そして仲間達が自分の得意と好きを存分に生かして、ワクワクと生きる世界を実現したいのです。

 

今現在、
どんな生き方をしているかは関係ありません。

 

あなたが理想のライフスタイルに近づくために、

どんな課題に取り組んで、どうやって乗り越えるのか?

それを追求しましょう。

 

そして、
あなたの理想のライフスタイルを実現させましょう。

 

『あかつきラウンジ』は、あなたにそのきっかけを提供します。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

私のこれまでの人生が、誰かの希望になったら嬉しいです。

あなたの感想を貰えたらとても喜びます。

 

あかつきラウンジでは本質的なTwitterブランディングの方法を無料で教えています。

参加された方には下記の豪華特典を無料プレゼントしています。

 

  • Twitterブランディングの教科書(動画30本)
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